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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)1180号 判決

原告

大東京火災海上保険株式会社

被告

大阪府

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一、六九八、〇〇〇円およびうち金一、三九〇、〇〇〇円に対する昭和四八年七月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年五月七日午後八時頃

2  場所

(一) 高槻市辻子二丁目二の三〇 高槻市消防署大冠分所前路上の北寄り付近

(二) 道路名称 国道一七〇号線

(三) 道路状況 道路の東側端から約二メートル内側に高さ五、六〇センチメートルのコンクリート造りの橋の欄干が残存(道路拡幅工事中)

3  被害者 訴外高千穂建設株式会社(以下、訴外会社という。代表取締役 三成安美)

4  態様 訴外三成安美が訴外会社所有の自動車(メルセデスベンツ二三〇、大阪そ三〇一三号、以下、被害車という。)を運転して右道路を南進中、被害車前部が本件欄干の北端に衝突して被害車が破損した。

二  責任原因

1  被告は、本件事故現場の道路(国道一七〇号線)の管理者である、そうでないとしても、国家賠償法三条一項所定の費用負担者である。

2  本件事故当時、本件事故現場は、被告の茨木土木事務所高槻工区事務所によつて道路拡幅工事中であつたが、道路管理者としては、交通の安全を図るために通行者(車両運転者)に危険箇所を確認させるに足りる適切な設備を施して事故の発生を未然に防止すべきであるのに、通行道路内の本件欄干についてはその存在したがつてまたそれとの衝突の危険を認識させる標識、照明、灯火等の設備がなかつた。この道路管理の瑕疵のために、本件事故が発生した。

三  損害

訴外会社は、本件事故によつて被害車が破損したため、その修理費、工賃として合計一、四〇〇、〇〇〇円(ただし、残存物価額控除済額)の損害を被つた。

四  権利の取得

厚告は、訴外会社との間で同会社を被保険者とする車両損害保険契約(保険期間―昭和四七年五月二四日午後四時から昭和四八年五月二四日午後四時まで。保険金額―三、〇〇〇、〇〇〇円((ただし、免責金額一〇、〇〇〇円))。原告の填補責任―衝突、接触その他偶然の事故によつて保険の目的((被害車ならびに付属品))につき生じた損害を、自動車保険普通保険約款の車両の条項および一般条項に従い填補する。)を昭和四七年五月二四日締結し、右契約にもとづき、本件事故により訴外会社に生じた前記の損害額一、四〇〇、〇〇〇円から免責額一〇、〇〇〇円を控除した一、三九〇、〇〇〇円を、昭和四八年七月二一日訴外会社に支払つた。したがつて、原告は、商法六六二条一項によつて、一、三九〇、〇〇〇円の限度で訴外会社が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

五  弁護士費用

原告は、昭和四八年一二月一九日、被告に対し前記金員支払いの催告をなし(これは翌二〇日に到達)、その後被告と再三折衝を重ねたが、被告は、右金員を支払わなかつた。そこで、原告は、本訴提起に及ばざるをえなくなり、このため弁護士に訴訟を委任し、その報酬として三〇八、〇〇〇円を支払う契約をした。

六  結論

よつて、原告は、被告に対し、前記四、五の合計一、六九八、〇〇〇円およびうち金一、三九〇、〇〇〇円に対する昭和四八年七月二二日(原告が損害賠償請求権を取得した日の翌日)から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する抗弁

一は争う。ただし、原告主張の事故現場付近が道路拡幅工事中であり、本件欄干が存在していたことは認める。なお、本件欄干の位置が道路の東側端から「約二メートル内側」とあるのは、正確には工事中の拡幅部分の東側端から約三メートル九五センチメートルであり(この点についてはさらに後述する。)、欄干の高さは約五〇センチメートルである。

二のうち、原告の主張する事故現場道路について被告が国家賠償法三条一項の費用負担者であることは認め、その余は争う。

(一)  本件欄干は、道路の中央に残存していたものではなく、道路の東側端に存していた。すなわち、本件欄干は、もともと道路の東側端に存していたところ、原告が主張する事故現場を含む国道一七〇号線の拡幅工事は、国道一七一号線から枚方大橋右岸までの間約三・六キロメートルを、工事前の幅員七ないし七・五メートルから二〇ないし二五メートルに拡幅するものであり、買収が終了した所から順次着手していく方法によつており、昭和四四年度後期から開始され、昭和五〇ないし五一年度中に完了の予定であつて、国道一七〇号線についての道路法による道路区域変更決定は、右工事区間全線にわたつてまだなされていないばかりか、原告主張の事故現場付近の工事は、東側は事故現場の北方約一〇〇メートルから南方約六〇メートルの区間であり、その工事期間は昭和四七年一一月三日から昭和四八年八月三一日までで、さらに、昭和四九年一月一〇日から約一週間にわたつて本件欄干の撤去工事が行われたのであつて、原告主張の事故当時、事故現場付近はいまだ拡幅工事中で、舗装工事が行われていた段階であつて、拡幅部分は、事実上も、道路としての供用が開始されていなかつた。したがつて、本件欄干は、道路中央に残存していたのではなく、道路の東側端に位置していたのである。

なお、このように右拡幅部分がいまだ道路として事実上も供用されていなかつたので、右事故現場から北方約三三メートルの位置にあるバスの停留所も、現用道路(以下、現道という。)と拡幅部分との境界の位置(すなわち、本件欄干とほぼ同じ位置)に設けられていた。

(二)  本件欄干への衝突防止のための十分な措置がとられていた。

一般的な対策として、国道一七一号線から枚方大橋に至る工事区間中の随所に、工事中注意、工事中スピード落せ等の看板を設置して運転者への注意を呼びかけ、本件欄干の北端付近には、夜間自動的に点灯する赤色警告灯の付設されたバリケード三基を、拡幅部分全体を塞ぐような形で斜めに設置したほか、本件欄干から北に現道部分と拡幅部分との境に沿つて数メートルにわたつて、黄、黒塗の安全標識、土のうを設置し、欄干の北面には、黄、黒の夜光性のペンキを塗つていた。

これらの措置は、拡幅部分がいまだ道路として全く供用が開始されておらず、しかもその拡幅部分は原告主張の事故現場の北方約一〇〇メートルまでの間存在するにすぎず、それより北方約一・五キロメートルの区間は、東側(南行車線)はいまだ拡幅工事に着手されていない状況であつたことに照らせば、安全措置としては十分なものであつたというべきであり、したがつて、原告主張のごとき道路の管理の瑕疵はなかつたというべきである。

(三)  原告主張のような事故が生じたとするならば、それは、訴外三成の一方的な過失によるものである。

前記のとおり工事区間中の随所に工事中を示す標識が設置されており、また道路を走行すれば道路が全線にわたつて工事中であることが認識できるのであるから、運転者としては、当然にその状況に応じた注意を払つて運転すべきであるし、原告主張の事故現場の北方道路は、工事区間の約一〇〇メートルを除いて、その殆んどが現道の幅員(すなわち、本件欄干のある橋の幅員)であつて、事故現場のみが急に狭くなつているものでもなく、さらに、前記のとおりの警告装置が施されているのであるから、運転者が通常の注意を払つて運転すれば、事故が生じることなどは考えられないのである。右事故は、訴外三成の相当の高速度での運転など極めて重大な一方的過失によるものである。

三、四は争う。

五のうち、原告主張の日に被告に催告が到達したことは認め、その余は争う。

第四被告の主張

過失相殺

かりに、被告の道路の管理に何ほどかの瑕疵が存し、被告が損害賠償義務を負うとしても、事故の発生についての訴外三成の過失は重大なものであるから、損害額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

第五証拠関係〔略〕

理由

第一  事故の発生

〔証拠略〕によれば、請求原因一の事実が認められる(ただし、本件欄干の位置、高さは後記認定のとおりである。本件事故現場の付近が当時道路拡幅工事中であつたこと、本件欄干が存在していたことは当事者間に争いがない。)。

第二  しかるところ、原告は、本件道路の管理に瑕疵があつた旨主張するので、以下、この点につき判断を加える。

〔証拠略〕を綜合すれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場を含む国道一七〇号線の拡幅工事は、その区間は北は国道一七一号線から南は淀川にかかる枚方大橋にいたるまでの高槻市内の約三・五キロメートルであり、その工事内容は、現道部分の幅員七ないし七・五メートルを二〇ないし二五メートルへと拡幅するもので、工事は右区間の両端からはじめて中央に進め、なお、買収できた土地が一〇〇ないし二〇〇メートルの長さに達すればその部分から順次工事に着工するという方法によつており、昭和四六年ころに着工され、遅くとも昭和五一年度を完成の目標としている。なお、法的な道路区域の変更決定はいまだなされず、それは右の約三・五キロメートルの全線が完成した後になされることになる。

2  本件事故当時の道路および工事状況を本件事故現場近辺についてみると、国道一七〇号線は南北に一直線に伸びており、その現道部分の幅員は約七メートルであり、その現道部分の両側端に高さ約五〇センチメートルのコンクリート造りの欄干(東側のものが本件欄干)が存在していた。そして、右道路の東側(南行車線)についてみると、本件事故現場から北方に約一〇〇メートル、南方に約六〇メートルの区間は、現道部分の東側に拡幅部分(歩道部分の幅員約二・五メートルをも含めて幅員約六メートル)があつたが、本件事故現場の北方約一〇〇メートルの地点については拡幅工事はいまだ開始されていなかつた。そして、右の拡幅工事中の部分についていえば、あと二層(表層と中間層)の舗装工事を残しており、まだ工事中の段階ではあつたが、一応は道路の体裁をなし、現道部分と拡幅部分とは段差がなく、車が通ろうと思えば通りうる状態であつた。もつとも、現道部分と拡幅部分との境は、色の違いがあつて、はつきりしていたし、本件事故現場の北方約三〇メートル、拡幅部分上、右境から約一メートル東側の地点にはバスの停留所の標識があつた。

なお、本件事故当時本件欄干(橋)の撤去が行われていなかつたのは、撤去工事のためには現道を通行止にしなければならず、そのためには拡幅部分を迂回路とする必要があつたが(ことに前記消防署の緊急出勤の妨げとなつてはならなかつた。)、拡幅部分の工事が未完成であり、それに、本件事故現場の南方約六〇メートルに未買収のガソリンスタンドがあつて迂回路を設置しえないという止むをえない事情があつたからである。

3  本件事故当時工事区間の安全標識としては、工事区間の全線について随所に工事中であることを示す標識を設置していたほか、本件事故現場付近については、本件欄干の北端から北方へ約一〇〇メートルの地点、道路東側に右のような標識、さらに、その北方へ約一〇〇メートルの地点、道路東側に一〇〇メートル先が工事中であることを示す看板を設置し、また、本件欄干の北端から北東へ数メートル斜めの線状に、拡幅部分を塞ぐ恰好で赤色点滅灯が一個ずつ付設されたバリケードを三基並べ、赤色灯の点滅によつて警告し、そして、大体右線に沿つてバリケードが倒れないように数メートルにわたつて土のうを置き、さらに、黄、黒塗の安全標識一個をも置いていた。近辺の照明設備としては、本件事故現場から北方約三〇メートルの北行車線側に一本の外灯があり、近辺の工場内の明りもあて、本件事故現場付近は暗いという程ではなかつた。

以上の事実が認められ、〔証拠略〕のうち右認定に添わない部分は〔証拠略〕に照らし、にわかに採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故当時、事故現場付近の拡幅部分は、法的には勿論、事実上も道路に供されていたとはいえず、そういう意味では、被告主張のとおり本件欄干は道路の東側端に位置していたといえるが、しかし、拡幅部分は一応は道路の体裁をなし、現道部分と拡幅部分とに段差はなく、車が通ろうと思えば通りうる状態である。ところで、道路の瑕疵の有無は、事故当時のこのような現況に即して検討さるべきであるが、本件においては、本件事故当時本件道路には右3認定のような安全対策が講じられており、前記認定の道路および工事状況のもとにおいては、右の安全対策が講じられている以上は、道路通行の安全性は確保されていたものというべく、道路に瑕疵があつたものとはなし難い。本件事故は、かえつて、訴外三成の一方的な前方不注視の過失によつて惹起されたものといわなければならない。

したがつて、その余について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 丹羽日出夫 山崎宏)

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